1977年長野に生まれる。
姉2人の末っ子長男。控えめな性格・・姉には頭上がらず・・。
勉強・運動共に人並み・・勉強はずっと人並み以下だったな・・。
絵を描くことや、作ることが好きだった。
キン肉マンが大好きで、おばあちゃんには将来漫画家になって
キン肉マン2を描くと言い続けていた。
ビックリマン・ガンプラ・ゾイド・スケボーと、ひと通り男の子物にはまる。
中学に入学し、やりたい事がなく姉2人と同様に吹奏楽部にでも
入部しようかと思っていたら、友達が水泳部に入るというので
便乗する。確かに、泳ぐのは好きだったし得意な方だった。
しかし、スイミングスクール上がりに勝てる訳もなく
ど〜しても、大会に出場し壮行会で目立ちたいばかりに
誰も好んで泳がないバタフライに挑戦。
泳ぎ方を教わっていないが、なんとか100m完泳。
その後はバタフライの選手として県大会出場。
当時バスケブームもあり、高校ではバスケをやろうと考えていたところに
「水泳続ければ伸びるぞ」という恩師の言葉に水泳への決意を固める。
泳ぐ楽しみを知れたのは、仲間に恵まれたからこそ。
高校は10名以下の弱小水泳部だったので、
家の近所にオープンしたスポーツジムに入会し、ひとりでトレーニングに励む。
高2の夏、県No,1を目指し地元の強豪スイミング選手コースに入る。
新人にして最年長・・・。練習で中学生の女の子にぶち抜かれる・・・。
小学校低学年と一緒に平泳ぎのキックを練習・・・。
高3では厳しい練習の成果もあり、バタフライ100・200で県二冠。
インターハイ・国体出場・ジュニアオリンピック5位。
県記録 長水路50m 26−33
短水路100m 56−37
スクール・県強化選手の仲間から、上を目指すための刺激を受ける。
運良く推薦で中京大学体育学科に入学。
親元を離れ名古屋へ。上級生から下級生へ。
「水泳は人生形成の道」という指導のもと、水泳浸の日々が始まる。
朝6時半からの朝練に始まり、夜は8時過ぎまで。
競泳選手としての積み重ねが少ないのもあり、慣れない体育会系の
上下関係と寮生活に苦しむ・・・。
日本選手権・インカレ・国体に出場。
しかし、2年の冬に腰を痛めひとりリハビリ生活。
泳ぐために入学したのに泳げない・・・苦しい1年間。
その後、復帰するものの記録は伸びなかったが、
水泳をやらせてもらえていることに感謝し、泳ぐ事が大好きということを再確認。
苦しかったが、大切な事をたくさん学んだ。
最後のインカレではマネージャーだったが感動でボロ泣き。
大学では、日本トップの厳しさとチームの大切さを経験した。
生涯ベスト 短水路100m 55−75 200m 2−05−63
長水路100m 56−93
リハビリ時、精神面での安定を保つ為、なにげに始めた絵を描くことが
その後の進路へとつながる。
ん〜〜〜〜長っ。
次回は端的に。
「おしょ〜道/美術と現在」へつづく・・・