2006の終わり

2006/12/27 : Diary

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大好きな人がいた。

その娘と離れて2年。今は、小さな島で海と共に暮らしているあの娘。
過去形の言葉を使ってみたところで、もしかしたら未だにこの想いに終わりは見えていないのかもしれない。

周りから言わせてみれば「引きずっているだけ」で終わることなのだ。第三者にはそんなもの。
でもそうではなくて、俺にとっては終わる終われないの想いではない。
感傷的にならないといったら嘘になる。でも、そんなことすら越えて俺の中のその娘は存在し続けている。


その娘は「俺のモノの見方と、つくるものが好きだ」と言ってくれた。


大切なものは失ってよくわかるってよく言うよね。本当だよ。自分のケツすら拭けてねぇ。
でも、だから、今のあの娘と俺と俺の考えがあるということ。

きっともう、あの娘と俺の人生が交差することはなくて、
きっとそれでよくて、そうにしかならないということ。
やっと、それを受け入れられたということ。
2年という時間が流れたということ。


現実のあの娘ではなく、俺の中に居続けるあの娘の話。


日々の中で、あの娘のことをよく想う。
自分にだらしなかったり、人に優しくない時には必ずあの娘は現れる。
そして俺を正してくれるのだ。
俺にはなくて、俺に必要なものをその娘は持っていた。
とても、シンプルだけど、とても大切なこと。それが、あの娘の最大の魅力だった。


誰でも日頃、「愛」とか「好き」とか簡単に言葉にはしないけれど、誰にでも心の中にある想い。
誰にでも、今の恋心や、過去の忘れられない恋心があるはず。
楽しかったり、嬉しかったり、幸せだったり、その人の幸せを願ったり、
切なかったり、苦しかったり、自分が嫌になったり。

俺は普段、あまり感情を表に出さないけれど、恋心も感謝の気持ちも、
もっとうまく素直に伝えることが出来ればいいなと思う。周りの人達にも。これから出会う人達にも。
そして、皆もね。

奇麗事だと思う奴もいるだろうね。
その通り。所詮は奇麗事。でも、奇麗事すらなくしたら終わりだよ。
反吐が出るという奴は、直接俺に唾を吐けばいい。
でも、誰でも同じような想いを抱えてるでしょ。


純粋な衝動に従えばいい。本当は以外に簡単なことなのかもしれない。
次から次へと沸き出てくる問題を想像して、目の前に靄がかかっているだけなのかもしれない。


きっと遠くはないいつか、新しい恋をするだろう。
そうなっても、あの娘の存在の大きさは何ら変わることはないと思う。
どんなカタチであれ、つくり続けていく限り。

あの娘と一緒に居た頃の約束がある。俺だけが果たせなかった約束。
今では、もう二人の約束ではない。俺の中だけで生き続けている約束。
俺が俺自身のために果たすと決めた約束。いつか果たされるであろう約束。


そんなことを想い続けた1年。


仲良くしてくれた大切な人達に感謝。
良いお年を。