2008/04/25 : Diary

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長野に帰省することになりました。
引っ越しは5月1日。

今まで長野には帰りたくないと漠然とした思いを持ち続けていたのに
それを変えたのは、閃きと言っていい程の瞬発的な決断だった。
4月に入る少し前の、深夜バイクに乗っている時だった。
ヘルメットの中で「うん。長野に帰ろ」と口から言葉が溢れた。
180°考え方を変えてみた時に出た答え。
翌日、迷いなくアパートの解約手続きをした。


故郷に帰省するという決断が、今までに気が付かなかったことや
後回しにして見失っていたことを沢山気が付かせてくれている。

東京を中心とした生活を9年。その中で出会った人達。
離れて13年の故郷。長野にいる友達、お世話になった人達。
親。家族。
弱さと強さ。
喜びと苦しさ。
やれたこと、やれなかったこと、やりたいこと。
つくること。
自分のこと。
これからのこと。

不思議なことに、寂しいという気持ちはない。 
連日、友達やお世話になった方々と会って、区切りの別れは少し感傷的になるけれど。
関係を保つことが出来れば大丈夫。物質的距離はあっても精神的距離の大切さ。
自分自身が長野の生活に希望を持っているからこそだろう。
長野と東京なんて近いものだ。
長野という土地の良さをほとんど知らずにいたからこそ期待大。
また、長野で知り合う人達も沢山いるだろうから。
やっぱり、人。

その反面、自分の想いと裏腹に悲しいこともあったりで。
ひとつの価値観でしか人を見れないというのは悲しい。
過去の自分がそうしてしまっていたように。
良くも悪くも、若さ故のプライドという輝きだったのか。
プライドというのは、自らのために自分の心に秘めるものであって
人を判断するために持ち出すようなものではないように思えて。
ただそう思ってしまうのは、自分が未だにひとつの価値観に捕われているからなのだろう。
そして、自分が気持ち良く長野に帰りたかったというわがままからなのかもしれない。


「自分のやりたいこと」以上に高みのある「自分にできること」が大切なように思える。
それは、何処にいようと何をやるにしても重要なことなのでは。

人間 対 人間。
距離ではなく関係の継続。
だから「またね」といつものように。


帰省する前に会いたかった人達が沢山います。
時間がつくれなくて会えない人はごめんなさい。
まだ伝えられていない人にもごめんなさい。
連絡します。連絡下さい。
山に登りにきて下さい。スノボしに来て下さい。
澄んだ空気を吸いに来て下さい。
皆それぞれの場所で頑張って下さい。
そして、これからもよろしくお願いします。
東京にはちょくちょく出てきます。会いましょう。