消えないものがある。
素直になるには勇気が必要だ。
答えはどこにあるのかわからないけど、進めと!と心が叫ぶ。
すべての終わりと、すべての始まり。
「運命」という言葉は、時に都合の良い言葉だったりもする。
納得するために。受け入れるために。
言葉の意味には「元から定められている巡り合わせ」とあるけど
自分で導き出し切り開ける「運命」があるとすれば
そこに嘘や誤摩化しは通用しないし、
後悔の念だけは残してはいけないのだろう。
それは定めの「運命」ではなくて
自らが活かすも殺すもどちらにもできる
「運命」と感じられる想いなのかもしれない。
近くを想う。
遠くを想う。
あの日以降、「やる」を選んだ人もいれば
「やらない」を選んだ人もいるだろう。
日常の中での「力」の使い方を考える。
1つの「やらない」がもうひとつの「やる」に注がれる。
頑張れる。
結局は「力」の使い方。
「特別なことをするわけでなく、丁寧に生きたいと思います」
東京の友人からのメール。
「丁寧に生きる」
心奥にぐっとくる言葉。

6月に入り梅雨の蒸し暑さ。
日も長くなり、夕焼け空が多く見られる。
震災から3ヶ月が過ぎた。
いろんなことを観たり聞いたり、考えたり、文字にしたりしてみたけれど
どこにもカタチにすることは出来なかったし、しなかった。
情報の中には、何が正確なもので正しいのか解りづらいのも多く、
心理的なことを含めて、目に見えないものの恐怖はあまりにも大きい。
25日から27日の2泊3日で仙台市へボランティアに行く。
やることは「泥かき」
具体的に自分が被災地との関わりを持つのであれば、
身体を使った、作業というカタチで現地の復興に小さな力になれればと考えていた。
気持ちはあっても都合上ボランティアに参加できない人達の分も、
父と母の想いも一緒に、一生懸命泥をかいてこようと思う。
何を見て、何を感じ、何を想うのか。